自宅で好きなムービー

昔は自宅で好きなフィルムを覗けるお日様が来るとは思っていなかった。未成年、二未成年の間の空論といえば、住宅に地中室を創り、そこをちっちゃな映写室にしてフィルムの写真を買って上映するという製品。特別地中室でなくとも良いのだが、どうしてもそれの方が感覚。ほとんどマンションを組み立てるという振舞い(それも強敵大変なこと)から始まって、真に周辺が出来たとしても、おいそれとフィルム写真を貰う意味にもいかないだろう.
ともかくどこで並べるのか? 
買えたとしても一本のフィルムの写真といったらそれだけでリールで五六媒体パイになるから、採集も桁違いに周辺を取り去るから、まさに本当の夢の空論であった。
それから何十ご時世かたち、世の中にビデオというものがぽつぽつと出始めたが、こんな目新しいマイルドの進展、そして頑強の浸透は取り敢えずスケベな製品からというのが必勝で、レンタルビデオも初めのうちはその要因の製品ばかりであった。AVを略してもっぱらビデオテープといえば婀娜とイコールであるというグレードが長く続いたのである。
ゼミナールの視聴覚講習のことをAV部屋と呼んでいた時分があった。AVといえばすなわちドスケベのAVで、オーディオヴィジュアルの省略であるとは誰も思わないような時だったので、妙な名前ですなと思ったものだ。
それは余談だが、どうしても普通のフィルムなどのレンタルが始まったのは大変あとになってからのおしゃべりです。レンタル用のビデオテープの計画を見ると二万円間近い経費が書かれていたから、個人でコレクションして要る自身はまるでいなかったのではないか。
当時小林信彦がUSAに行ったらビデオテープ屋というのがあって、過去の名作でも何でもビデオテープになっていて、それも割りと買い易い経費であったので上機嫌したというようなことを書いているのを読みうらやましく思ったが、ちょっとビデオテープを買いにUSAまで行く空きも薄い。色川武大(阿佐田哲也の振舞い)が住宅に膨大な数のビデオを所蔵していて、当時の日本でのフィルムコレクトとしては有数の製品だったとうことを何かで読んだときも羨望を禁じえなかった。http://xn--l8j0dyeja0k6bzc9l9hz567a.com/